つる草と格闘しつつ人生の課題に投影
庭の雑草取りで、ちょっと手こずるのがつる草。梅雨が明けてからも放置していたら、とんでもなく植木たちに絡まってました。
放っておくと植木が成長しないし枯れてしまうので、早朝なのに汗ダラダラで格闘しました。
つる草を黙々と取りながら、ふと思ったのが〝人生の課題〟について。
〝自分自身を植木〟に置き換えると、絡んでくる〝つる草は課題〟かな、と。
課題は尽きそうで尽きないけれども
先日友人から、「去年あたりから、似たような対人の悩みが続いてくるんだよねぇ」と相談されました。ちょっと前に一人の相手との問題が解決したかなと思ったら、他の手こずる相手から新たな問題を突きつけられたとのこと。
確かに私も似たような経験あるあると、思い起こしました。
結局それは相手との関係についてではなく、自分自身においての納得と関係があるのではないかと思ったことにつながりました。
〝類は友を呼ぶ〟というように、自分とどこかしら共通点のある人が周りに集まってくるものですが、ある種の共通点とともに反面教師的な対応を突きつけてくる人も中にはいます。もしかすると自覚していない自分の欠点の一部の投影なのかもしれません。
そこにただ反撃するのは、実は相手に同調するのと変わらないことで、その〝反面教師〟から学習し納得して行動や考え方に生かすことができたら課題クリアになるのです。
友人ともそんな話をしながら、「やっぱり今の課題なんだろうね」と。
もちろん人間関係に限らず、他のいろんな課題にも置き換えられるでしょう。仕事でも恋愛でも目標達成においてでも。
それで、つる草に話を戻しますと…
根っこを絶たないと、つる草は切っても切っても伸びて絡まってきます。
絡まったままだと植木(自分)も元気がなくなります。身動きが取れなくなります。
病気になり枯れてしまうことも…。
そして一方で気付いたのが、途中でチョキンと切りつつ何年も生え続けて成長したつる草は、土に近い方が草とは思えないほど頑丈に硬く強い茎(というより幹っぽい感じ)になっていて、さらに根っこも深く長くなっているのです。
(表面的に課題が解けたと思っても、根本的に納得していないうえに、悩みは根深くなっていくのと似てますよね)
まぁ、植物的には当たり前といっちゃ当たり前なんですけど。
何にせよ、早いうちに課題をクリアにできた方がラクですが、かなり苦労して時間をかけて課題を修了できたら、きっと爽快感もひとしおでしょう。
ぶっとい根っこを抜きとって「おお〜っっ、スッキリ‼︎」といった感じ。意外とちょっとした面白さもありです。